Roll on Road Diary

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2016-04-07

マール・ハガード他界

カントリー・ミュージックの大御所のひとり、マール・ハガードが肺炎による合併症で他界した。享年79歳。

わたしは2005年に10回、マール・ハガードのライヴを観た。最初はシカゴのオーディトリアム・シアター(04-01-2005〜04-06-2005)で。その次はニューヨークのビーコン・シアター(04-25-2005〜04-30-2005)。ボブ・ディランのオープニング・アクトだった。

武骨で男っぽいイメージのあるマール・ハガード。社会的な異端者の内容を持つ歌と相反するようなやさしいメロディーは哀愁を感じさせる。しかしそのパフォーマンスは10公演すべてがまるで録画ででもあるかのように(セットリストも)同一のものだった。ライヴ感などというものは微塵もない。当時のジャム・バンド的で、めまぐるしくセットリスト、演奏形態が変化するボブ・ディランのコンサートとは対照的。そのためシカゴ公演の3日目にはかなり閉口し、飽きてしまっていた。4日目、それは苦痛に変わり、5日目には「今日で終わる」という安堵感さえ抱いた。ところがシカゴ公演が終了すると、なぜかマール・ハガードが聴きたくなる。その気持ちはだんだんとたかぶり恋しくなる。「よし、今度はどこまで同じか? 彼がステージに現れてセンターマイクに辿り着くまでの歩数。ヒット曲『ファイティン・サイド・オブ・ミー」の演奏時間。センターマイクからピアノに向かうタイミング。そのすべてを数え、計ってやろう」という気持ちになっていた。実際は途中であきらめたが、ポール・マッカートニーのパフォーマンスよりもはるかに画一的だったように記憶している。
ニューヨーク公演が終わるころ、それまで彼の歌が好きで聴いていた自分が過去のものであるような気がした。そしてそのときのわたしは新しいマール・ハガードのファンとしてその場にいたのだ。

Bob Dylan Cover / Sing Me Back Home

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